ご存じの通り、祇園祭の山鉾巡幸の数日前から、街路に設営された
山鉾では、夜も祇園囃子を奏でて祭を営んでおります。
昼間はこのように、明るいところで懸荘品などを見て回ります。
今年は特別蒸し暑かったので、飼主はほとんど外出しておりませんが
隙を見るように出かけては何枚か写真にして参りました。
夜となりますと、このように山鉾の埒を示す提灯が点灯します。
奉納の樽なんかが置いてあって、詰所では役の付いた年寄方が威厳
ある風情で佇んでおられる。
浅草三社祭は何度も見てますが、あちらとは風情が全く違う。
何を祭の情緒としているかで、基本が異なるのだとは分かって
おりますが、飼主にとって神聖なものの周辺が何か鉄火場みたいに
なっているのはどうも楽しめない、というよりなんだか痛い目に
遭わされそうでかなわん。
夜は山鉾を撮影いたしましても、様子でどちらなのか分かりづらいので、
こうして山鉾の名前が明示してある提灯を撮影することにしました。
山鉾にはそれぞれを簡略に表示する記号というかピクトグラムと
いうか、紋のようなものが付帯しております。
放下鉾の紋は、円が三つ連なった形で、シンプルなのにかっこいい。
飼主、気に入っています。説明によると日、月、星の三光を表して
いるらしい。コスモロジーのシンボルなんである。
放下鉾の赤い紋とともにあるのは、祇園社の紋、「木瓜(もっこう)」です。
つい、好きなものだから何枚も撮ってしまった。
ちなみに、蟷螂山の紋もなかなかかっこいい。
カマキリを前から見たところを紋にしています。
生き物を上から、とか前から見てデザイン化するのは相当な意欲
がなければできない。鶏を敢えて正面から描く若冲の苦心を想像
すれば分かるでしょう。
横を過ぎまして
夜の、霰天神山に接近いたします。
こちらは、天神に由来するので、梅紋になっております。
霰天神山につきましては、史実というか町衆のリアルな信心がこのピンポイント
の土地に関する事柄として記憶されている山鉾という点で、特殊です。
大火に際して霰が降ってきて収まった、やれ天神様のおかげじゃわい、という
話なんですが、普通に考えると大火の勢いがもの凄かったので、上昇気流を盛大に
発生させて霰が落ちてきたんでしょうな。
一度、裏へと回り
先程と逆の角度から撮影しております。
提灯も明るすぎるくらいに映えております。
天神信仰に寄せられた信仰の基本感情とは何だろうと思ったことが
ございました。結論は得ているのですが、いずれその話はするとして、
天神が崇敬されているところに寄ることができて良かったな、と
思いますね。当世の政に道があるならば、天にも道がある。
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