以前から話題にしておりますが、京都には異世界への通路や埒、関門、トンネル
そうしたものがあちこちにあります。まだ有名な場所には史跡として案内などが
掲げられておりますが、放置されているスポットもあるみたいですね。
おもてなしと雅だけじゃない京都。

黄泉がえりの井戸。
小野篁も、覚えの無いことをこうして後世まで語られ続けるとは思っても
いなかったことでしょう。飼主も篁っぽくなるだろうことは確実なので、
覚悟しないといけない。
冗談はこの程度にして
今回立ち寄ったのは、六道珍皇寺、というお寺です。

以前紹介しました赤山禅院や千本閻魔堂
などは泰山府君という中国の冥府の神と深い関係があります。
六道珍皇寺も、もちろん泰山府君関係ですね。

今は最早単なる慣用句でしかありませんが、冥福と言う言葉がリアルだった時代が
あったわけです。

風呂上がりに散歩すると、地蔵堂やら六道の辻なんかが普通にあるわけです。

旧盆あたりになりますと、独特の回向の儀礼があって、今でも行われています。

精霊を迎える鐘楼。精霊を「しょうろう」と読むところです。
お迎えの時節はとうに過ぎていましたので、鐘衝きなんかするのは参拝者の中でも
飼主だけでした。以前と比較して、明らかに若い参拝者が増えています。そんな
若者たちの目的は様々なのでしょうが、飼主のように不適切なことをやる参拝者
はひとりもいない。皆さん、勉強していらっしゃるみたいです。

六道の道案内といえば、地蔵尊。
古代から続いている古い都市はどこでもそうですが、死者の尊厳に捧げられるシンボル
が充ちています。おかげで層の厚い時間を感じることができます。

供養塔、でいいんですかね。

冥福を祈る気持ち、人の深い悲しみと苦しみに対する共感。
単なる慰藉のためにあるのではない、供養の空間。

こんな場所があって良かった、と思います。
本尊は薬師如来。
