クルシャ君、かつて世界には、ほんのちょっと前までだが
領土の広さが国力だった、そういう時代がありました。
はじまりましたね。いいですよ、聞きますよ。
その時代は20世紀の後半まで続くのです。
レーベンスラウムの亡霊が、冷戦に影響したとも言える。
冷戦の終結は、領土拡大が国家の生き残りの主要な方途としては
陳腐化してしまったことを理解させてくれた。
では、国家に領土など要らないのかというと、そんなことはなくて
必要程度あれば良い。重要なのは、領内での組織化と構造化の
更新、再解釈、再編、連続的な進展が維持できるかどうかなので
ありますよ。失敗国家は、だいたいこの点で転けている。
ここまで聞いて今、思いついたことがあると思う。
そのことを後で君に聞くから覚えておいてくださいね。
わたしも、聞きますね。
いや、誰君。
だれでもいいけど。
つまらなくはないようにお話しますから、
聞いていってください。
プロイセンのホーエンツォレルン城だ。
おとぎ話みたいですか。
悪夢ですか。
砂男が人形と暮らしてそうですか。
例のフリードリヒの子孫が思い立ち、営々と国費を投じて造営し、完成したのが1867年。
ほぼ同時期に出来た我が国の五稜郭と比較すると、いろいろと興味深い。
五稜郭は堀と土塁で寄せ手を撃退しようとしている点では、20世紀の防衛拠点
の建築の発想により近いんだけれども、プロイセンの城は寄せ手が得物を携えて
城の中核まで脅かしに来ることを前提にして、様式を整えているようです。
かつて城とその周辺だけが国家であった時代や地域というのがあった頃には、
城すなわち国家だったわけで、イタリアや日本でも城の奪い合いが国の盗り合い
でした。稲葉山城制圧は美濃の平定の条件みたいなものだったですよね、
少なくとも齋藤道三の頃は。後に竹中半兵衛がわずか半日で奪取して、また主君
に返還したけれども、彼には国盗りの野心が無かったとかいう話。
ホーエンツォレルン城の攻め口ですよね。
日本の近代城郭でいうところの虎口をなかなか
秀麗に仕上げたアプローチとなっております。
17世紀のベネチア人が書いた絵解き軍略書というのを見たことが
あるのですが、その軍略書の城防御機構についての構造図解というのが
こんな感じでした。イタリアで実現せずに、プロイセンで実現したんだな。
しかし、あの本には、もっと陰惨な仕掛けが数多く描かれていたのが。
発想だけで現実的で無いものが陰惨に見えるだけということもありますし、
気にしないでおこう。
「走るザリガニ」なんてのがありましてね。
とにかく、虎口のすぐ脇に楼と城壁が聳えているだけで、かなり寄せ手は
怖じ気づいたことでしょう。
しかしながら
近世以前の城の形式は、国の防衛拠点として機能しなくなります。
すでに、そこはかとなく感じられる、この斜陽感がすべてを語って
余りあるものと思われますが、五稜郭のような要塞を補給路や土塁で
連列したマジノラインとかジークフリートライン
とか
防衛戦へと延長していくわけです。
洗濯物干しに行く場所じゃ無いぞ、クルシャ君。
そろそろ、遊んでいいですか?
どうぞ。
城は防衛拠点ではあるけれども、かつては国家でもあった。
寄せ手に陥落させられることさえなければ、城の堅固さが地域支配の
盤石を保証したわけであります。
20世紀になって堡塁や陣地や防衛ラインがより大規模に造営されまた
破壊されていきます。
どうでしょうか。ずっとインフラ整備してますよね。
戦争行為は、インフラ整備と国土と、組織への投資の繰り返しです。
古代の戦争だって、ほぼ土木工事ですよ。
カエサルがヴェルキンゲトリクスの城の周囲を新たな城で囲い込んだり、
ローマ軍がヘロデのマサダにアプローチするために、長大な傾斜道路を
構築したり、日本には相当な山奥に入っても獣垣と称する、いつ詰まれた
ものだか分からないような中世以前の囲いや石積みがあちこちにあって
ほぼ無関心に放置されているが、地域紛争に無関係では無いのでしょう。
ああ、なんか国家の生き残りのための活動と
再組織化が同じとかいうやつ、ですね。
そうですね。生き残りのための活動と、わざわざ面倒くさい言い方したのは、必ずしも
防衛活動ではないからだし、またその活動を担う主体が必ずしも軍隊ではないから
なのです。近世くらいまでは、防衛活動と生存目的の活動はほぼ同一で問題なかった。
今、成長しなくなった資本主義が逆に成長を抑制するモデルであったとしたら、
目的を見直して再構築すべきだと思うじゃない?でも、同じ論理で走り続ける。
国家が集中させた技術とか再投資とか教育
とか、そんなのを軍が独占してたのも、国土を効率化するのに役立ちました。
そして人類は、戦争だけは得意な種族となった。
資本主義は、戦争遂行の経済ドクトリンの一種だろう。
独占という形式を濫用しながら、異邦に対して制度や文化の改変を
要求するための支配装置なんだろ。
道路は戦争遂行の為に整備され、港湾も、橋も鉄道も通信環境も
自軍に有利なように発展させていって、そのインフラを民生用に
開放することが国家の投資循環だったんだけど、長いこと世界戦争
してないので、資本主義が腐ってきてますね。
では、最初に聞くと言っていたことを聞くよ。
全体に説明が全く足りてないのは、いずれ、うるたや本で細かく
書くからなんだけど、冒頭で君が思いついたに違いないことを
聞かせてください。
長大な国境に、自国の社会を守るための
壁を国家予算で構築する、とか言ってる大国がありますよね。
国家を維持、更新することに失敗するか成功するか、そこへ向けた再投資
が違う形で行われようとしています。
別の大国では、他国では無く、自国民を管理監視するために膨大な警察予算
を計上しています。また、別の大国では国民全員の指紋をスキャンしてIDと
結びつけ、税金や戸籍や社会保障と一括して管理を始めたらしい。
人類は戦争そのものを敵として戦って、勝とうとしているのだろうか。
猫は戦争しませんが、でも捕食本能が
無くなったら、絶滅しますよきっと。
ウルタールのうる: 巻二十八 (うるたやBOOKS)東寺 真生うるたや