朝の四時頃、寝ている飼主を起こしては格闘を
要求するクルシャ君、放っておけないので相手して
ますが、それでも昼間は休めなかった分だけの
疲れを引っ張りながら、活動し、いつもの場所に
寄っては君の写真を見て和んでいるのです。
ストレスと受容の変動というか、市場に於ける流動性
のようなものが上記二つのカテゴリーで維持されること
によって、多層的な文化資源というのが維持、形成され
ていくことについては、言うを俟たない。
言説や指導の統制によって、思考と認知を拒否する主体
というのは、まあそれなりに排他主義を貫く理由もある
んだろうけれども、その分だけ己が何者なのか分からなくなる。
こうした、京都特有のラーメンも、ストレスと受容変数の許容度
を維持し続けた結果であると言える。
杉玉。
何が言いたいかというと、他者理解は自己変容を担保にし得るだけの
余裕を常に用意すべく、日に三省四省してないと、でけしまへんで、と
いうことだろうな。
観光都市京都は、こうした諸変化の趨勢を細かく観察するのに絶好の
場所となっています。
他者とは、己で無い他個なのか、世界の外部なのか、またはどれでもない
系が異なるだけの己の可能態に過ぎない者なのか、他者と申しましても
いろいろとございますけれども、この観光投資が盛んになって、小さな
文化都市がまさに、自己変容を担保に他者理解(多文化共生なんかではない
ことに注意。多文化共生とは単なる自己放棄である)を始めている証拠が
ありましたので、ご紹介しましょう。
映り込みが多くて分かりづらいけれども、英語で書いてある、公共の施設利用
ガイドであります。
イラストに注目して欲しい。
ここに登場している個性は、「私たち」と「あなた方」ではないのです。
みんな違うけれども、おそらくは同一系統の多種であるところの恐竜たち
なんですね。京都市は、他者理解の方向性について政府の指導するところ
とは違う領域に目を付けることができたようだ。
自己放棄が前提の多文化共生ならば、ここに運営側の個性が描かれない
だろう。つまり、恐竜に見える「あなた方」の振る舞いの野蛮さを注意
するガイドになるはずである。すなわち、排外主義と多文化共生とは、
他者理解についてのバッファを持ち得ていないという一点において、同じ
ものなんですね。
しかし、我々は同一系統の多種である。
官僚のイデオロギーがまた負けるのだろうか。
このガイドがささやかな行政指導に対する抵抗として機能し得るか、あるいは
目を付けられて撤去され、抑圧されてしまうか、注目してみたいと思います。
ウルタールのうる: 巻二十八 (うるたやBOOKS)東寺 真生うるたや
現時点。4月14日0時でありますが
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