花も咲いたし、天候は穏やかだし、放っておくと、ただ眠くなる。
クルシャ君はいつも寝てるようだが、君でも春は余計に眠いのかね。
失敬ですね。猫はいつも準備態勢で
休んでいるのであって、だらしなく寝ているわけじゃないんですよ。
それを君が言うの?
へそ天して正体無く寝てたりしてますよね。
飼主は熟睡中に獲物の気配を感じてから、一気に攻撃態勢に
移行できますか?
似たようなことはある。同じ動物だからね。
できませんよね?
はい。できません。猫じゃないし(ああ、なんで悔しいんだろう)。
勝った勝った。王者は寝ますかね。
勝利の欠伸ですか。豪快だな。
しかしどうして、飼主が本質に於いて猫で無いことを猫に責められ
ないといけないのか、納得できないなあ。猫でありたいわけじゃない
んだけどな。どこかで話が変わってるんだな。あ、分かった。
最初の飼主の質問には、主体化ニュアンスの過誤、が含まれている。
春は居眠りしやすいから猫もそうだろうと、他者であるクルシャ君を自分に
引き寄せて無反省に規定している。これが「猫で無いくせに猫の何が分かる」
という反論になってたんだね。誤解と評価が同じものとなって、どうやっても
まともに的を射抜けない間抜けというのが居るが、およそ問答の飼主のように何事も
己に引き寄せていては話にならない。
今日は、この手の問答の基本をやってみました。古典です。
いにしへの道を聞きても唱へても わが行ひに せずばかひなし. 島津日新公
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