こちらのブログでは、年に何度か神社、寺院、祭礼、信心、祈願、厄除け、縁起もの
といった関係の記事が必ずあります。そのへんの街を回る話でも、歴史、文学、芸術、
伝統技能の話に必ず話題が向いているのではありますが、gooの運営にあっては、こうした
外に行けば必ず当たるリアルな側面をテーマにするのに、適当なカテゴリがありません。
記事カテゴリの選択肢は、流行り物から泡沫文化までやたらあるんですが、なぜ「祭」の
カテゴリひとつもないのか、長年のちょっとした謎です。毎回選ぶカテゴリがないので
苦労してます。何か敢えて別世界のリアルとして祭や伝統文化を分離したい意向なんですかね。
毎年必ずいろんな祭が全国ニュースになるというのに、「祭」の話題性は
韓流「パク・ヨンハ」以下なんでしょうか。
と、敢えて問題提起しつつ

京都の祇園祭は今年から前の祭と後の祭りとに分かれる、二部構成となります。
もちろん、祇園祭自体は山鉾の巡行前後の通して、いろんな行事が連続します。
組立途中の月鉾を望遠で撮影。

夜を過ぎて、人通りがなくても、こうして祭の雰囲気を演出。

誰も居ない運営のテントの下には、販売用の生酒の樽が置いてありました。

土台を組み上げて、翌日以降の鉾立て飾り付けを待つ、土台でいいんですかね。

道の真ん中に置いてあるので、通行人が眺めて通ります。
祇園祭は比較的祭につきものの騒ぎや事件や対立など無い方ですが、夜中に鉾の
建てかけのものが置いてあるのはさすがに不用心ですな。

長さ20メートルはある鉾の本体。
これね、神泉苑が起源と言われる悪厄の吸収装置の本体なのです。
ヴィルヘルム・ライヒのオルゴンエネルギーの発想とほぼ同一なんですが、誰も指摘している
のを見たことが無い。余りにかけ離れているので、
祇園祭の鉾はクラウドバスターであることに気が
つかんのでしょう。

お祭りを運営する形態と、その動力因である町衆の競い合いの原形が出来たのは室町時代。

とある僧が八坂神社の前のどこかで、飾り立てた屋台を見世物として出して大盛況だったというのが
直接の起源のようです。翌年から力を持ち始めた町衆が同じような出し物を仕立てるようになって、
かくも複雑で非日常的な山鉾が次第に作り上げられていったのです。

この話題、次回も続きます。
