京都市埋蔵文化財研究所の成果を読むと、いつも楽しいのですけれども今年は国立博物館の隅の方で、かつての方広寺跡を掘ったらしいですな。方広寺と言いますと、あの方広寺です。屋久島最大の神木だったウィルソン株をこの寺の大黒柱の為に伐らせたとか、大阪城に用いただの、鐘に鋳込まれた文言に対して金地院崇伝が家康に入れ知恵をしただの、大仏殿の大仏は東大寺に匹敵しただの、とにかく噂ばかりで、得体の知れない謎寺院でありますよ。
飼主も掘りたいんじゃないですか?
実は来歴のはっきりしている埋蔵物をいくつも持っている市場に出してもいいやつね。たいした価値は無いし、そんなに捌けるものじゃない。そもそも価値を理解してないと、持つ意味も無い。埋蔵物なんてそんなもんですよ。お宝探しだと勘違いしているのは、何か心理学が他人の心を操作する技術だと勘違いするくらいイタいことなんですよ。
埋蔵物に宝はない?
ないです。断言します。うち捨てられた瓦礫なんだから、ほぼゴミです。ただ資料価値があるだけです。ビーチコーミングしてガラス拾うよりマシくらいなものでありますよ。浜辺のガラクタなんて出所不明だからね。
むしろ害があるとか?
まあね。墨書された素焼きの陶片なんか、持っていたくないね。長岡京出土の人面土器なんか、可笑しみはあるけれども、これ絶対遷都の原因の一つになったという埋納呪具の類だろうよ。同じく、『梁塵秘抄』にやたら出てくるイジメや他者の不幸を祈るような文句が書いてある木簡なんてのも出てくるんだから、やってられんだろう。
ここの真下に埋まってなければいいですね。
しかし、必ずあると思ってます。
河勝が湿地帯を整備して、それこそ禹王みたいに臑毛をすり減らすような努力をして干拓していた頃、既に住民がいたことが例の埋蔵文化財研究所の調査で2017年くらいに判明しています。水辺だったので、廃棄物や呪具が層をなしているだろう。
なんで水辺だとゴミが溜まるんですか?
現二条城の敷地内には、かつて「あわわの辻」という、妖怪が屯する実に不気味な区域があった。例の晴明が若い頃「あわわ」と叫んで逃げたくらい陰鬱な場所であったが、神泉苑の隣なんであるよ。かつては鉾を立てて、不浄をアースした水場でもある。不浄の気そのものを捨て去る場所が水場なんだから、それはゴミよりひどい穢れまで溜まる。
治水と環境整備のおかげで、こうしたバケモノが減っていったのだが埋められたまま淀んでいるものたちも多かろう、ということだな。とはいっても何か霊的な不浄と言うより、水辺の廃物なんかに近寄ると、不衛生だからとかそんなことだろうと思われるな。所謂一条や堀川に出るという、百鬼夜行というのもゴミが川流れしている様子だと思えば良いだろう。あの付喪神というのを見給え。全部ゴミではないか。
ウルタールのうる: 巻三十四 (うるたやBOOKS)
明鹿 人丸うるたや