幼い頃からお風呂嫌いだったクルシャ君のためにシャワーを用いない、猫専用の洗い桶を用いる、怖がらせないように話しかけ続ける、猫が嫌がる場所はあまり触らない、タオルドライだけにするドライヤーは御法度、などという武家の式三献みたいな厳格なる決め事を守り通すと、彼も機嫌良く風呂を使ってくれることが解りました。
おかげで、クルシャ君も風呂に慣れてくれたようです。
なによりです。
中世の武家の礼式というと有職故実であって、式三献との関わりは特にないのでありますけれども、有職料理出している店が京都にひとつだけありましたね。行ったような気がするが。
というわけで素早く調べましたところ、以前飼主の住処の辺りがおそらく義経の居館近辺ではないかとなどと話してましたがその後、15世紀になりますとこのあたりに大きな柳の木があったということです。
我が家にある『東寺百合文書』の永享九年(1437)の条を見るならば「飯尾為行宛 柳酒一荷」なんてものが出てくる。
柳酒とはなんであるか。洛中五条西洞院に洛中一の酒屋があって、どうも柳の木が目印だったというので、ここの酒をとにかく珍重されて「柳酒」と呼ばれていたということであるよ。
「やなぎ」「柳酒」等の記述は『看聞御記』永享九年条にも出てくるから間違いない。
そして、ここをすこしばかり東に進み、烏丸に当たるとそのあたりには梅之酒と呼ばれる酒屋があったという。(『大乗院日記』)
柳やら梅やら樹が良く茂っていて、水路が回っていて小さな橋で街路が繋がっていて、なかなかに繁華であったろう往事が忍ばれますな。
やがて呉服問屋ばかりになるのもっと後のことなんですな。
水のソーテール11: 洗礼のダエーナー (うるたやBOOKS)
東寺 真生うるたや