写真はウルタ君です。彼が突然いなくなってから、やがて二年になります。
美しくて、気品のある猫でした。
大きな手足に、太い尻尾に、大きな目。
小さな山猫のような野性味があって、緊張感がいい関係を
作ってくれていたように思います。
穏やかな時には、おどけたような顔つきもしていました。
ウルタ君がいなくなってから二年の間に、首の後ろが熱くなって
ぼんやりする症状がやや薄れてきました。ウルタ君が遺していった
ものというより、飼主がウルタ君に取り残されることを自分で許せ
なかったから、自分で起こしてしまった症状なのだと思います。
今でも完全には治っていません。
ウルタ君の魅力。
繊細で大胆、冷静で獣的、優しくてわがまま。
いつも両極端を見せてくれる器の大きさだったかもしれません。
器が大きいというより、振れ幅が極端だったということかも。
わがままで怒ると手が付けられない一方で、アリアンには気を
使って、細やかに接していました。
ウルタ君がいなくなった喪失感はものすごいものでしたが、彼の存在
は消えること無く続いています。きっと飼主がいなくなるまで。
ウルタ君と一緒に居られた日々は、飼主のすぐ隣でまだ続いているような
気がします。クルシャ君も入り込んできて、より複雑で厚みを増してくる。
ずっと昔にモームの『人間の絆』を読みました。主人公が人生とは何なの
かを探求する長編小説で、最終的に「人生とは織物だ」と言ってしまうので
まだその喩えの豊かさを理解しきれていなかった飼主には、薄い解釈に
思えたのです。
死と喪失と過ぎ去った時間を経なければ、この時間の交錯を感じることも
できなかった。
ところで、ウルタ君はいまでも飼主とずっと一緒です。
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